相棒

新しいノートパソコンを購入した。タブレットとしても使える優れものである。しばらく前から絵を描く用途から始まりどのような機能が必要か、あれもこれもと悩んだ結果、Surfaceという今回買ったモデルの型落ちを買おうと決め、今日家電量販店に出かけた。

小刻みに揺れるバス車内でスマホのスクリーンに目を落とす。買うことにしたモデルのレビューを検索した結果をいくつか読み、プロセッサはこれで良いかなあ、メモリはこれで足りるかなあ、足りないかなあ、グラフィックとかやるなら足りないよなあ、でもやらないよなあ、と最終確認をしながらマスクの中で独り言ちる。窓の外には海と見間違うような大きな湖が広がり、溶けかけた氷上に引き上げられたボートが並んでいる。青空に気持ちよく目を細める。絶好のパソコン購入日和だ。

量販店に足を踏み入れる。開店直後の店内は閑散としており、客がほとんどいないためかリラックスした面持ちの店員たちが仲良さそうに話している。彼らを横目にパソコンコーナーへ足を運ぶ。ずらりと並ぶ新型パソコンの間を抜けてSurfaceコーナーを確認するも型落ちモデルのため店内には見当たらない。とはいえ目当てのもの以外を見るのも楽しい。やっぱり新しいモデルのほうが良いかしら、USB‐C端子が二つもあるわと一瞬心が揺らいだが、値段を見て怖気づき、心に決めた旧型モデルにしようと決心し店員に声をかけた。

「ネットで見たこのモデルを探しているのですが」

口をついて出たのはフィンランド語ではなく英語だった。コンピューターの細かいスペックなどの話になるかもしれないので英語を選んだのだろうが、しかし最初に英語対応してもらえるか一言聞けばよかったと一瞬後悔する。声をかけられた店員は、そんな心配をよそに笑顔で「あるはずですよ、確認しますね」と店舗のパソコンを覗き込む。

「そのモデルでしたら、この間まで店舗で展示されていた中古品がアウトレット価格で購入できますよ」と、モニターをこちらに見えるように回す。ぴょんと心が跳ねる音が聞こえるような笑顔につられて私も思わず顔がほころぶ。「ラッキー」とつぶやくと店員も頷き、倉庫から持ってくるので待っていてね、と言い残して足早に売り場を立ち去った。

日本でも家電量販店が好きだったが、フィンランドの家電量販店はもっと好きだ。真っ白い蛍光灯の下でパソコン、スマホ、カメラ、高機能掃除機などなどを眺め、最近はこんなものもあるのだなあと驚きながら歩くのは日本でもフィンランドでも変わらないが、フィンランドの量販店には喧騒がない。店を後にしても耳にこびりつく量販店のテーマソングもなければ今ならポイント最大三倍還元キャンペーン!とがなり立てる店員もいない。聴覚を疲労させることなく商品に集中できる。待っていてと言われたのであまり遠くに行ってはいけないと分かっていながらも、商品を眺めているうちに気づけばスマホアクセサリコーナーに来ていた。慌ててパソコンコーナーに戻るとほどなくして店員が現れた。

「中古にはなりますが動作確認も済んでいますし、通常の2年の保証や50日間の返品にも対応しておりますので」と言う。もともとそのモデルは型落ちなので値下げされていたが、それより更に一万円ほど安く購入できた計算だ。別売りのキーボードとペンも購入し、丁寧な接客に感謝しながら支払いを済ませ、自動ドアに向かった。

さあ、これからこのパソコンで何をしよう。やりたいことや作りたいものはたくさんある。ずっしりと手を引っ張る袋の重さは、これから始めようとしている新たなプロジェクトがアイデア段階を終えたことを意味しているような気がして、胸が躍る。この自動ドアを踏み出したときが、新たなプロジェクト開始の初めの一歩だ。

が、ドアが開かない。よく見ると扉には日本の駐車禁止のようなマークのステッカーが貼られている。入口専用だ。ここからは出られない。あたりを見渡すも出口らしき扉はない。困った。どこから出ればいいのだ。うろうろ歩き回るも困ったことに出口が分からない。意気揚々と一歩踏み出そうとした気持ちがたちまち萎む。

「こちらから出られますよー!」

見かねた店員が半分吹き出しながら声をかけてくれる。店員と目が合い、同時に吹き出してしまう。死角にいた店員は、私がうろうろするのをずっと見ていたらしい。恥ずかしいことこの上ない。感謝を述べて店を出ようとしたときに「わかりづらいよね」と言ってくれた彼女の優しさが余計刺さった。

一歩目から早速躓いたが、このお買い得品たちがしばらく私の相棒だと思うとやはり嬉しくなるものだ。今すぐ開封したいという気持ちを抑えながら家に辿り着き、腹の虫を大人しくさせるため出来合いのパスタを温めながらすぐさま開封する。傷一つない液晶。指紋のないキーボード。メタリックに光るペン。私の新たな三種の神器だ。

その後ペンを試したところ初期不良らしき動きが見られ、仕方ないので返品することとした。ここぞという時に決まらないことだらけの一日である。既に二種の神器になってしまった。しかしメインはPCだ。今日は購入記念日。なのでこうして新たな相棒を使って出会いの日を詳細に記録することにした。このエントリーは新たなPCからの初投稿、もといキーボードの動作確認である。うん、キーボードは問題なく使えた。ばっちりだ。

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