鸛を追う #3

今回は、地域の健康センターの初診と、女性だからこそ感じることについて。


また数週間たった頃であろうか。夫が受けていたいくつかの検査の結果が出た。精索静脈瘤があるとのことだった。精索静脈瘤とは文字通り、精巣や精索の周囲に静脈瘤ができてしまうという疾患である。男性不妊の原因として最も一般的な疾患のうちの一つであり、珍しい疾患ではない。精子の数・活動率共に低下することがあるのが特徴だ。手術をすることで改善の見込みがあるということだ。ところが夫の場合精液所見は悪くないということで、特に手術などの処置は必要ないとのことだった。(こんなことまで書いても良いと快く申し出てくれた夫には感謝でいっぱいだ。)

ひとまずほっとはしたものの、不妊の理由は明らかにならなかったのでやきもきしながら健康センターでの初診を待った。

健康センターは先述の通り、地域にあるクリニック的な役割で、医師と看護師が常駐している。大学病院にかかりたい場合でも、まずはここが窓口となる。

初診を迎えて健康センターに行くと、溌溂とした女性医師が出迎えてくれた。私の担当とのことだ。問診では既往症、不妊期間や夫の精液検査結果について尋ねられた。夫がいたのでフィンランド語での会話となった。

彼女は不妊治療の専門医ではなく、総合的に様々な患者を見ているようだが、驚くべきことにこの初診で内診が行われた。心の準備をしていなかった私は戸惑った。日本で受けたことのある内診とは異なり、目線を仕切るカーテンも何もなく、内診専用でもない処置台の上でまっさら丸出しでグリグリと確認していくのだった。

痛みがあるかなどの確認をされ、血液検査と子宮頸がん検査を受けるよう指示されたのち、帰宅した。内診があると分かっていればワンピースを着たのに、ぴっちりタイトなスキニーで行ってしまった私は、突然下半身を丸出しにしてしまったこっ恥ずかしさと未だ残る指の感覚に、居心地の悪さを感じていた。


不妊治療や妊活は、男女それぞれの苦悩があるとは言え、女性の負担が大きくなる。身体的な部分は仕方ないが、どうしても精神的な部分でも差が出てくる。男性側がどれだけ子どもを望んでいても、生理が来るたびにこの世の終わりかのように落ち込み傷つくということはないか、あっても極めて稀なのではないかと思う。

この点に関して男性を責める気は全くもってないのだが、そこに溝を感じてしまう人は多いのではないかと思う。現に私もそうで、夫があれだけ子どもを熱望していたにも関わらず、いざ妊活を始めたら、夫に対してなんて能天気なんだと感じるようになってしまった。

この背景を考えたときに至った私の個人的な結論を、今日はここにシェアする。

一つ目に、精子と卵子の違いによるストレスである。ご存知の通り、精子と違って卵子は、新しく生成されることはない。決められた数の原始細胞は、女性として産まれ出た瞬間からただただ減っていく。ストックは意図に反して年を重ねていく毎に減っていくし、それでなくとも最低一つは排出されてしまう。一方で精子は日々新しく作られる。毎月それなりの収入を得て暮らすか、どう足掻いても一銭も増えない貯金を切り崩して暮らすか、どちらが精神的に苦しいかと問われたら、自明であると思う。焦りと苛立ちが渦巻くのは当たり前である。

二つ目の理由が今回強調したいことなのだが、私は妊活・不妊治療中の女性の身体は、シュレディンガーの猫状態であると思っている。排卵されたのか、されていないのか。受精し着床したのか、していないのか。妊娠しているのか、していないのか。ないと証明できない以上、女性はそこに卵が、赤ちゃんが、いるとして過ごす。身体を暖め、タバコやアルコール、カフェインを避け、お腹がチクリとでも痛ければ何かあったのではと不安になり、少しでも熱っぽければもしかしてと希望を抱き、便秘になれば妊娠かも、下痢になっても妊娠かも、頭が痛くても妊娠かも、と兆候を探そうとする。つま先が冷えればいけないいけないと毛糸の靴下を履き、身体の不調は全て末尾に「妊娠超初期症状」などとくっつけてGoogle検索する。栄養バランスに気を配り、葉酸が含まれる食材は諳んじることができるようになる。

毎月そうしてシュレディンガーの赤ちゃんをケアするが、ある日突然真っ赤な血と共に「いないよ」と現実を突きつけられる。そこにいたはずの、必死に温め栄養を与えてきた赤ちゃんが、ある日突然いなくなる。

自分の身体に裏切られる。

血が流れ続ける。

生理の辛さは、生半可なものではない。妊活・不妊治療中の女性にとって、生理は弔いなのである。感じていたのに見ることができなかった赤ちゃんの。

それが毎月繰り返される。

正直、気が狂いそうになる。忘れようにも忘れられない。血は止まらないし、何より痛い。「今月もダメだったね」なんてものではなく、griefとしか言いようのない苦痛である。


男は女はと語る行為は好きではない。しかし、不妊治療や妊活では得てして一番の味方である男性パートナーと、この感覚を共有できることはないか、あっても非常に稀なのではないかと思う。

辛くて当たり前。毎月自分の身体に裏切られ、いたはずの子を失うのだから。

強くあろうとなんて、しなくていいのかも知れない。





※このブログの内容はリアルタイムの話ではなく、時系列を追って書いています。ブログ記事を公開した時点で妊娠が成立している可能性もあります。予めご了承ください。



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