鸛を追う #2

不妊治療の過程を記すブログ。今回は、フィンランドで不妊治療を始めるにはという取っ掛かりの部分を書きました。

「生理きた」
そう夫にLINEを送る。
「痛い?大丈夫?帰りにお店よるけど何か必要なものある?」
痛み止め飲んだから大丈夫だよ、と返す。腹も痛いが心も痛い。はじめの数カ月は妊娠検査薬を使ってみたりもしたが、真っ白の検査薬を見るのに疲れて使うのをやめた。

フィンランドで最も簡単に手に入る妊娠検査薬と言えば、紫色の箱に入ったRFSUのものである。価格6€。物価の高いフィンランドでなぜ妊娠検査薬が比較的安いのか。RFSUとはスウェーデンの非営利団体で英語名はSwedish Association for Sexuality Education、つまり性教育や性にかかわる権利保障などに取り組む団体である。そこが妊娠検査薬も出している。非営利団体なので、彼らの販売する商品は比較的安価というわけだ。日本のスタンダードなものとは異なり、生理予定日の6日前から使うことができる。

じっと目を凝らしてみたり、洗面所の電灯に照らしてみても、真っ白。足跡の付いていない真っ白な雪さながらであるが、雪と違って心は沈む。毎月6€払って落ち込むのも悲しいので、買わなくなった。

不妊治療の文字が脳裏にちらつく。トライを始めてから半年経つ。狙い撃ちしているのに。しかしフィンランドでの不妊治療が一体どのように進むのか、よく知らない。フィンランド人の夫さえもそれは知らず、ぼちぼち調べるのも悪くないねという話にはなっていた。

痛み止めが効いてきたのでブラウザを開く。「infertility treatment finland」で検索するとまず出てきたのが、私立の不妊治療専門クリニックだった。綺麗なウェブページ、信用に足る。「price list」と「price list for foreign patient」とがある。私はどちらかしら、フィンランドの社会保障は受けられる身分だが、外国人であることには変わりない。迷った挙句、「price list」タブをクリックした数秒後、まるでマンガのように手にしたスマホに顔を近づけて二度見した。初診(超音波検査込み)200€、自費159€。1€は130円ほどだと考えて頂くと、目を見開いてスマホを凝視した原因も分かるだろう。その後も、チェックアップに200€、医者の予約は96€~176€(自費82.50€~149€)、精液検査自費82€、卵管造影検査318€エトセトラエトセトラと続く。
精液検査って、日本だったら数百円よね?フィンランドの医療費が安いと言った人、誰だ。

とは言えここまでとは思っていなかったが、フィンランドの私立クリニックの費用が高いのは当たり前なのである。恐らくフィンランドに住んでいる誰もが共通認識として同じイメージを持っているだろう。フィンランドは、私立クリニックの受診費が高い。その分すぐに診てもらえる。公立を受診すると安いが、待たされる。受診できる頃にはもう症状がなくなっているというのが決して笑い話でないのがフィンランドの医療システムである。

帰宅した夫と相談し、このクリニックでの不妊治療は非現実的だと結論付けた私たちは、夫の勤め先が提携しているクリニックを訪れることにした。そちらも私立クリニックであるが、夫の保険が効く。不妊治療のクリニックではないが、何かしらのアドバイスはもらえるだろう。

予約を入れてから2週間ほど経ち、診療日。若い女性医師に不妊の旨を伝えると、予想通り、夫はそちら経由で検査ができるが、私は公立の医療システムを使うようにと指示された。彼女は次にすべきことを明確に説明してくれた。夫の泌尿器科的診療はこちらでする、あなたはローカルの健康センターを受診する資格があるので健康センター電話するようにと。このローカルの健康センター(terveyskeskus)というのはいわゆる各地域にある公立のかかりつけ医のようなもので、救急等ではない限り、身体の不調の際にはまずは大抵ここを受診する。ここで対応できるものはここで、できないものはその後地域の大学病院に回されるというのがフィンランド医療の典型例である。しかし、不妊治療の取っ掛かりも健康センターでできるとは、この時まで知らなかった。

診療を終えた私たちはその足で、徒歩圏内であった健康センターに向かった。日本とは異なり恐らくすぐには受診できないが、その時の私たちは治療のスタートラインに立てた喜びから、足取りは軽かった。

健康センターに入るのは2回目だった。モンスターズインクに出てくるロズを彷彿とさせるような受付の方は、私たちの予約の旨を聞くと、女性医師をあてがうこともできると申し出てくれた。「あなたのかかりつけ医は外国人で英語が喋れるけれど、男性。女性の医師はフィンランド語しか話せない可能性もあるよ」と。
究極の二択だなあと思うと同時に、私はその時初めて自分にかかりつけ医がいることを知り驚いた。その時点で健康センターには一度しか行ったことがなかったが、その際の担当医がかかりつけ医だというのだ。彼が。記憶を辿り、私は彼の英語が全くと言っていいほど聞き取れなかったことを思い出した。私の慣れている英語と全く異なる発音をする文化圏の出身なのだろう。そのこともあり、また初診には夫も来てくれるというので、有難く申し出を受け入れた。女性医師をあてがってくれるという細かな気遣いが嬉しかった。

仕事を中抜けしていた夫はこれまた徒歩圏内の職場に戻っていった。私はスーパーでノルウェーサーモンを買って帰り、サーモン丼をこしらえて食べながら、今後の治療に思いを馳せた。

不妊治療に関しては、原因が分からないというケースも非常に多い。最も多いのではなかったかな。それでも医療の力を借りて、それが紐解かれていく可能性があることがこんなにも安心を与えてくれるものなのかとその時強烈に思ったのを覚えている。この時代に生まれたことがたまらなく幸運なことだと感じた。

きっと、もう流す涙もないほどに身を削りながら、誰にも言えず、何が起きているかも分からずに、日々何とか生活していた人ははごまんといただろう。そう思うと、不妊治療という選択肢があることは幸運というより他ない。

そんなことを考えながら、私は夫と不妊治療のスタートラインに立った。



次回は夫の検査結果と健康センターでの初診について記します。



※このブログの内容はリアルタイムの話ではなく、時系列を追って書いています。ブログ記事を公開した時点で妊娠が成立している可能性もあります。予めご了承ください。


コメント

人気の投稿